そして、六月の晦の日が来た。平日だった故に学校を仮病で休んでの任務遂行になった。
学校にはまだ任務などの事は一切いっていない。教官によって違うのだが、月夜たちの担
当の教官は、必要な時に言え、と言っている。彼らも説明するのが面倒な故に何も言って
いないのだ。
 保護者の代わりをしているのは、教官だ。とりあえず、孤児院から通っているとしてい
るので一人で何人かの欠席を連絡している。自分でするとただのサボりとして学校から連
絡がくるのだ。
「もしかして私服で行くの?」
「最初はな。あっちで巫女服に着替える」
「あんたも?」
「そうだ」
 冗談で言ったつもりなのに至極当然に頷かれ逆に言葉を失った。月夜は珍しくめんどく
さそうにため息をついて不機嫌そうに顔をゆがめた。巫女服に着替えるのが嫌だとはっき
り顔に書いてある。
「俺は龍笛のはずだったのだがな?」
「もしかして」
「浄衣は神主だけだそうだ」
「女装?」
 女形といえととりあえず突っ込んで深く溜め息を吐いた。手には龍笛を、ポケットの中
には貝殻に入った紅が突っ込んである。母親がくれたものだ。
 いつか来る日にと渡してくれたそれを出すのが彼にとって辛かった。胸の奥底に潜んだ
思いが溢れそうになった。
 そんな思考に陥っているとは思わずに月夜の女装姿がどうなのかなと呑気に夕香は考え
ていた。
「そうだ、学校の連中は?」
「三馬鹿は来る。毎年巫女をナンパしに来てるから」
「は?」
 その言葉に言葉を失ったと同時に呆れた。確かにナンパで女を何人釣れるかというなん
とも馬鹿らしいゲームをしていたらしいが清廉潔白の象徴である巫女にまで手を出そうと
しているなんてと我知らず溜め息を吐いた。
「まあ、引っかかる女が馬鹿だがな」
 肩を竦めて月夜は言うと自分が持っている単車に乗り込んだ。その手の足をもっていな
い夕香は少し恥ずかしさを覚えながらも月夜の後ろに乗ってヘルメットを被った。月夜は
手馴れた手つきで操るとエンジンを鳴らして車道に出た。
 急に動いた故に夕香は月夜にしがみついた。月夜は反応せずに前を見ている。触れた背
中の広さに驚きながらもそっと身を寄せた。
 風が鳴っている。生暖かい風の間をすり抜けて月夜が運転する単車は走っていく。風と
一つになっているような心地がして流れる景色に目を向ける。
 依頼を受けた神社は後十分でつくごろかと思ったとき月夜が猪突に単車を止めた。体を
起こすと鎮守の杜がそこにあった。
「もうついたの?」
「バスは遅いからな。これで行きゃあ遅刻なんてあまりしねえよ」
「便利ね」
「いつの時代の奴だ?」
 だってあまり車とか乗らないもんと唇を尖らせてそっぽを向いた。
 月夜は無言で肩を竦めると社殿に上がっていった。その後を、唇を尖らせた夕香がつい
ていく。
「夏越の祓えのために派遣されてきたものですが?」
 身分秘匿のために見せびらかすのは禁止されている手帳を事務所の巫女に見せて神主を
出してもらうように言った。そして数分が経ち浄衣に身を包んだ五十代ぐらいの男性と月
夜たちと同じぐらいの少年が出てきた。
「君達が?」
「はい。今回派遣されてきた軌都と申します。身分秘匿のため本名の方は」
「同じく、蒼華と申します」
 二人で一礼すると社殿の中に通された。そこには三着、巫女服があった。もしやと思っ
たが自分たちと同じくこの少年も女形にさせられるらしい。
「何歳ですか?」
 ふと、少年が聞いてきた。十八ですがと答えると同い年だったらしく頬を掻いた。
「ちょっと恥ずかしいですよね? これ」
「そうですね。でも、それが慣わしなんですよね?」
「はい。女の方ならばいいのですがね。取り合えず父さんが引退するまで巫女もどきしな
きゃならなくて」
 困ったように言う少年に月夜は心から同情した。後何回彼は巫女として大祓えで舞うの
だろうか。そう思ってしまった。
「こちらにお着替えください。化粧の方は、蒼華殿だけで。殿方は紅だけで」
「こちらで紅は準備してきたので、それを使わせて頂いて良いでしょうか?」
 神主は、頷くと着替えさせるために夕香を別室に案内した。夕香は恐らく白粉を塗り紅
を差した姿で再び見えるだろう。月夜は殊勝な顔をして手馴れた手つきで巫女服を着てい
た。少年も同じ手つきで着替えていく。
 そして月夜は、ズボンのポケットから貝殻を取り出し中にある紅を水で溶かし唇に塗っ
た。上質な紅であった故に唇が紅く光る。月夜はその貝殻を見つめそっと目を伏せた。は
らりと長めの漆黒の髪が頬にかかった。白い頬と漆黒の髪、真っ赤な唇がなんとも妖艶な
雰囲気を醸し出していた。
「軌都さん?」
 少年はようやくそれだけを言えた。月夜は我に帰って目を向けた。一瞬で妖艶な雰囲気
は吹き飛び少年は目を瞠った。
「なんですか?」
 月夜は首をかしげると手馴れた手つきで頬に薄く塗ると血の気のない頬に血の気が差し
たように見えた。
「高価な紅なんですか?」
 その言葉に月夜は真っ赤な唇を笑みの形に崩した。
「母の形見でね、男の俺が使うのはあれだがしょうがないだろ。使わずに取っておくより
使った方が良いだろう?」
 貝殻をしまうと袴を捌いて扉を開けた。
「蒼華、紅使うか?」
「うん。頂戴」
 見ないように投げ渡すとしばらくして投げ返された。そして身を引き神主が丁度来たの
で袂の中に貝殻を入れて、龍笛を持って神主についていった。
 とりあえず中途半端に長い髪に髪文字をつけ長さを腰の辺りまでにするとそれを檀紙で
一つに束ねた。元からの顔立ちからか黙っていれば高めの女にしか見えないだろう。それ
もそのはず月夜の身長は夕香と数センチしか変わらないのだから。
 月夜自体背が低いという枠組みには入らないのだろうが成長が人より遅いらしく今さら
伸び始めている。高校に入ったとき夕香より背が小さかった。その分、嵐と並べばかなり
小さいと思われるだろう。
 嵐の身長は百八十五センチ、夕香は百七十センチ。ちなみに教官は百七十九センチであ
る。月夜自身の身長はこの中で二番目に小さい百七十五センチだ。まだ、伸びているらし
く一ヶ月に二センチほど伸びているが嵐に追いつくか追いつかないかそれが問題だった。
「巫女舞は蒼華殿を中心としてもらいます。そして、軌都殿には」
「龍笛ですね」
 神主は頷くと後ろを眺めた。後ろには茅の輪があった。高さ三メートルほどか太さもあ
り三メートルより大きく見える。そしてそのすぐ横には神楽殿があった。
「あそこで?」
 頷くと神主はまだ時間があるから自由にしていてよいと言ってどこかに消えた。打ち合
わせは特にないらしい。



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